認知科学って何?

 日本認知科学会のホームページを見ると,認知科学は「知の総合科学」と説明されています。

 

  では,「知」って何でしょうか?

 

もともと認知科学の認知は,知を認める(仮定する)という意味で使われています。

 

つまり,私の授業の最初の12回でみなさんに説明したあの図のことなんです。

 

  実は認知科学ができる前は,知を認めていなかったんですね。

 

知を認めないとどういうことになるかというと,単純な機械と人間をみなすことになるんです。機械は,出力さえちゃんと出してくれればそれでいいわけで,中身のことは問題にしないですよね。何しろ中身は,外から見えませんから,客観性を欠きます。客観性がなければ科学にならない,という風に大真面目で考えられていました。

 

  1960年代の初めころまでの心理学(その頃は人工知能も,脳科学もありませんでしたので心理学が心を扱う唯一の学問分野でした)は,意識,記憶,注意などといった言葉を一切使わずに,心の活動を説明しようとしました。

 

 人間を単純機械にたとえて説明するのは,どうしても無理がありますので,当時の心理学は人間のことを研究していながら,研究対象,研究材料は人間ではなく,ハトやネズミでした。ハトやネズミで言えることは人間にも当てはまるだろう,という理屈です。この理屈は脳科学や医学では今でも使われていますが,認知科学では今では(脳科学を除き)あまり使われていません。

 

「知の総合科学」というのでは抽象的すぎるので,もう少し具体的な認知科学の定義を調べてみました。ASCII.jpのデジタル用語辞典の認知科学項目を見ると認知科学はこう説明されています。

 

人間の知覚、記憶、思考などの知的機能のしくみを、心理学や計算機科学などのさまざまな分野の視点から研究する科学。

 

これだと,心理学ではないか,と思われる方も多いかと思います。実際,「さまざまな分野から」の部分がなければ,認知心理学のことになると思います。

 

そうなんです。この「さまざまな分野から」というところがポイントなんです。さまざまな分野ごとに違った研究方法があります。たとえば,人工知能の研究者は,人間にとって使いやすいコンピュータやロボットを作ろうとします。人間にとっての使いやすさを追求しようと思うと,人間そのものを調べる必要が出てくるんですね。

 

授業の中で,トップダウン処理,ボトムアップ処理,というのをやったと思いますが,トップダウン処理は,過去の経験や知識がないと行えません。コンピュータやロボットには過去の経験を入れようと思うと,人間を調べなくてはならなくなるわけです。

 

 1970年代に,認知心理学,つまり,作業記憶と知識ベースを仮定して心を説明する学問分野が生まれたとき,ほぼ同時にそれをコンピュータに応用しようとする人たちもいました。これが人工知能研究者たちです。彼らの興味は,プログラムを動かすことですので,うまく動かせるために必要な人間のデータを得ようとします。一方,認知心理学者は,それよりも人の心をできるだけ正確に説明して,人の行動を正確に予測できることを第一に考えていました。

 

 2000年代になるまで,認知科学は,認知心理学や人工知能,認知工学などが主な分野でしたが,2000年代以降,それらに,認知言語学や脳科学(認知神経科学)が加わり,大きな分野になってきました。心を研究する,多様な研究方法が認められるようになってきたんですね。脳科学の研究の数が爆発的に増えたのは,fMRIが作られて,生きた人間の脳の活動を実測できるようになった(それまでは死体解剖だけでした)ことが原因です。

 

 人間の知を研究する学問分野で,かつ,さまざまな研究方法が使われている。それが認知科学なんです。私も認知科学の研究者の端くれですが,実際のところ,認知科学のあらゆる分野を網羅的に知っている,わけではありません。(私がサボっているのもあるかもしれませんが)実際にはそれよりも,もともと認知科学が恐ろしくすそ野の広い分野だということなんです。多くの大学で,認知科学の授業が行われていると思いますが,授業の内容は,おそらく,先生の専門によってかなり違っていると思います。

 

 では,みなさんは認知科学をどう勉強したらよいか。その答えの一つが,みなさんの身の回りに起こっていて,みなさんが強く実感しているようなことに興味を持って,それを認知科学がどう説明しているか,を知るようにすることだと私は考えています。

 

 『認知科学』の授業のテーマは,人のコミュニケーション,とくに,デジタル機器,インターネットを使った人のコミュニケーション,でしたね。みなさん,スマートフォンやパソコンを毎日使っていますよね。使っている間に,みなさんの心の中で起こっていることを考える。これが,認知科学に興味をもつ,きっかけになると思います。